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Chap.6-1 JUDGES of the Enpire -帝国の番人- [Chapter6 再会]

 帝都アルケイディス北部に位置する巨大なアンフィテアトル・ソリディウムのアリーナを、甲冑に身を固めた兵士達が埋めるのは実に2年ぶりのことであった。
 整然と並んだ兵士達を前に、壇上では漆黒の大マントを靡かせたジャッジマスター・ベルガが拳を振るいながら大音声をあげている。ソリドールの名を冠した巨大な円形闘技場では、不正蓄財で告発されて逃亡した有力政民ラヴェイン卿を追討する特命部隊の出陣式典が行われていた。
    かの貪欲な奸族共は帝国の財産を掠め取るには飽きたらず、諸君ら誇り高き帝国軍の領分にまで介入し、過ぎた権力まで私することまで画策してきた。ダルマスカ戦役での西方総軍の華々しい戦果を軽んじてヴェイン総司令を任期途中で召還することを強弁し、西方の安定を妨害してきたのも彼らだ。もはや大逆罪を犯したにも等しい大罪人である!」
 ジャッジ・ベルガの声は出陣の高揚感にその場の誰よりも酔っているかのようにうわずった。
 公安3局によって不正蓄財を告発された反ソリドール派で名高いラヴェイン卿は、審判者の手が伸びる前に既に帝国から姿を消していた。近く元老院に席を得るとも目されていたほどの有力者の逃亡に、公安2局のジャッジマスター・ベルガは特別に追討軍を編成することを要求し、それは元老院にも渋々認められた。「逃亡者は反乱軍と結んで帝国に徒なす恐れあり」と言われれば、昨日までの同志も首を縦に振らぬ訳にはいかなかった。もちろん、その追討軍はジャッジの指揮下に置かれ、総指揮を執るのはベルガ自身である。
 アリーナをぐるりと取り巻く観客席には物見高い市民達が席を締め、中程の桟敷席には軍部や公安総局の幹部連中の姿も見え、互いの情報交換に余念がない。最も地に近い貴賓席には元老院議員達が悠然と腰を下ろしているが、その顔は霞んだ春の空の様に青白い。ベルガの剣幕を目の当たりにして、明日は我が身と衣の下に汗をかいていることだろう。
 その背を見下ろす遙か上方の天井桟敷を見上げれば、立ち並ぶ列柱の影に点々と黒い甲冑が並んでいる。それは単調な式典にあくびを噛み殺している警備兵ではない。この場に集う総ての人間達の動きを細大漏らさず監視するジャッジ達だった。
 その最上層の回廊の一角に、ジャッジマスター・ガブラスの姿があった。

「・・・反乱軍は接触地点を更にヤクトの深部へと移したようです。飛空艇を使えぬのは同じとはいえ、反乱軍には旧ナブラディア領の地勢に詳しい者が多く、なかなか尻尾を掴ませません。」
「焦る必要はない。遠からず空は開ける。今はこのまま地上での探索を継続するのだ。ミストを恐れるな。」
「はっ。」
「”夜光の砕片”も相変わらずか。」
「はい。ドラクロワ研究所が独自に動いているようですが、成果があった様子はありません。ジャッジ・ゼクトと共に完全にミストに沈んだと考えるべきかと・・・」
「それは我らが判断することではない。何一つ漏らさず”監視”すること。それが君命だ。他局の動きも見逃すな。」
「はっ。・・・もう一つ、ビュエルバの件でありますが     
 時折沸き上がる地鳴りのような歓声が二人のやり取りをかき消す。その下の騒ぎなど一向に耳に入らぬという様子で、ガブラスの傍らで公安9局のジャッジの淡々とした報告が続く。
    結局、全員魔石鉱を抜けビュエルバに入った模様です。ギース卿とラーサー殿下はオンドール邸に。」
 兜の下でガブラスは僅かに苦笑する。バッガモナンは相変わらず人並みなのは口の大きさだけのようだ。だが当人が本意だろうとなかろうと、結果的に使い勝手良く動く連中ではある。
「ジャッジ・ギースはまだ”例のもの”を動かしていないのだな?」
「はい、間違いありません。」
「フン、・・・小細工は元老院の中だけでやっていればいいものを。」
 慣れぬ泥遊びに鼻を突っ込むと結局はその高貴な鼻を汚すだけで終わるというものだ。
「ならばこのまま予定どおりに。今後も報告を怠るな。」
「はっ。」

 報告を終えたジャッジが去ると、ガブラスは足下を睥睨してガブラスは苦笑した。結集した追討部隊は砂糖に集る黒蟻の群れのようだ。たかが不正蓄財を働いた元老院議員の追討だというのに、レモラ部隊まで繰り出すとは、まるで一国を攻め滅ぼさんばかりの勢いだ。ろくに剣も握ったことのない都育ちの貴族が逃げ出す先などたかが知れている。改めて追っ手を差し向けずとも、各地に”潜った”ジャッジによってすぐに狩り出されるというのに。
 『    しかし!このイヴァリースのどこへ逃げようとも、我らジャッジの手を逃れることなど出来ぬのだ!見つけ次第、我がジャッジメントソードで血祭りにあげてくれよう!』
 アリーナではベルガが早々と剣を抜いて鬨の声を上げている。頭上からは滞空するレモラ部隊のグロセアエンジンの唸りが降ってくる。
 その音がすっと遠ざかり、ガブラスの耳には戦艦リヴァイアサンへ引き渡した少女の声が蘇っていた。







『放せ    』 少女は言った。

『私に触れるな。』
 
 艦内の一室に押し込めようとガブラスが握った腕を、少女は振りほどく代わりに「侮蔑」という冷たい氷の刃を突き刺してみせた。
 小鳥のように細く華奢な腕。
 その白い手にそぐわぬ幾つもの剣の傷跡。
 中指と薬指に光る同じ指輪。それは少女が己の総てを失ったしるしだった。
 それでもただ一つ失わぬものの証とばかりに、少女は目の前のジャッジに凍てつくような侮蔑の眼差しを向けていた。軽蔑。それだけが彼女を支える最後の力だった。

 ガブラスは掴む腕に力を込めて押し入るように室内に入ると後ろ手に扉を閉めた。そして初めて手を放すと、少女の目の前で己の異形の兜に手を遣った。
 ジャッジですら数えるほどの者しか目にしたことのない、その素顔が、闇色の兜の下からゆっくりと現れた。
「お前は     !!」
 その一瞬、少女が被った侮蔑の仮面はガラスのように砕け散った。
 そう、少年達がどんなに大人でいるつもりでいても、真実を知ったその瞬間、身につけたつもりの鎧は総てはぎ取られ、己がこの世の真実など何も知らぬ無邪気な子供だったことを思い知るのだ。
 声にならない声が喘ぎとなって彼女の喉から漏れる。
 誇りと軽蔑を糧に薔薇色の生気を浮かべていた頬が、どす黒い憎しみに染まっていく。驚愕と悲愴な混乱の中で、彼女の中の無邪気な子供は憎悪に溺れて窒息していく。
 その一刻一刻を見つめるガブラスの唇には、満足とも言える微かな笑みが浮かんでいた。

     それで良かったのだ。
 彼女の総てを壊した裏切者が、ジャッジの黒衣に身を固めて目の前にのうのうと生きている。
 そう思わせておけば良かったのだ。
 更なる裏切りへの憎しみは2倍の毒をもって彼女を責めさいなみ、そうして増幅された彼女の憎しみはそのままダルマスカの民の無限の憎悪となってバッシュ・フォン・ローゼンバーグへと注がれるのだから。
 だが、少女が声にならない悲鳴を上げながら自分ではない男に向かって飛びかかり、自分ではない男の胸甲に白い拳を叩きつけ、自分ではない男の胸にその小さな顔を埋めて震えながら悲憤と呪詛を浴びせた時、

 『どうして、あなたが    

 ガブラスの目には、2年前のナルビナ城塞で束の間対峙した少年の顔が蘇った。
 『どうして、あなたが    
 『なぜ、こんなことを    
 苦痛に乱れる眼に自分ではなく将軍・バッシュを映しながら、自分ではなくバッシュに向かって悲痛な問いをかけながら、少年は目の前で頽れていった。

 少女の憎しみの瞳にも、少年の悲しみの瞳にも、映るのはただバッシュ・フォン・ローゼンバーグ一人。それ以外の男は、どこにもいなかった。
 我が身をすり抜けていく憎しみと悲しみの谺を聞きながら、ガブラスは我が胸から少女を引き離して、言った。

「初めて、お目に掛かります     







「相変わらずベルガは脊髄で物を言う男だ。品位の欠片もない。」
 ふいに背後で掠れたコントラルトが聞こえて、ガブラスは帝都アルケイディスへと引き戻された。
 振り返ると、公安4局のジャッジマスター、ドレイスの姿があった。
「やはりここだと思った。帰っていたのか。」
 すらりと細身の甲冑に結髪のような兜を身につけたドレイスは、漆黒の大マントを颯爽と翻すとガブラスに向かって手をのばした。
「卿こそケルオン大陸平定に出張っているという話ではなかったか?」
 二人のジャッジマスターは屈託のない握手を交わした。
「わかり切ったことを聞くな。どうせ9局は総て知っているのだろうが。」
 ジャッジ・ドレイスは軽く笑いながら、ガブラスを回廊の奥へと誘って歩き出した。
「平定などと言えば聞こえは良いが、その実、ドラクロワの連中に品薄のビュエルバ産の代わりにヘネ魔石鉱の採掘量を増やせとせっつかれただけのこと。やることと言えばチョコボでバンクールを走り回ってのモンスター狩りだ。鉱山用心棒とさして変わらん。近頃は兎共もすっかり森に引きこもってしまったからな。」
 呆れたように肩をそびやかすドレイスの甲冑が触れあってカシャリと軽い音を立てる。回廊には人気がなく、ひんやりとした空気の中に二人のキビキビした軍靴の音だけが響く。
「それでもジャッジマスター自ら出向いてみせんとドクター・シドがうるさくてしょうがないのだ。あの男、ヤクトを彷徨いてるうちにミストを吸いすぎておかしくなったのではあるまいな?魔石のためなら皇帝陛下にすらツルハシを握らせかねん勢いだ。」
 ドレイスの言葉にガブラスは兜の下で密かに笑みを浮かべた。おかしいどころか、なかどうしてしっかりした男だ。実際は潤沢に産出するビュエルバ産の極上の魔石をヴェイン・ソリドールを通じて密かに独占しているのが誰であるのか、公安9局はとうに掴んでいることだった。ビュエルバ産では飽きたらず、ヘネの魔石も欲しがるか・・・。
 だがそのことをガブラスは素早く我が胸にしまい込んだ。ドラクロワの動きは未だ他局に明かす必要はないことだ。
「ドクターがビュエルバに飛んだのをいいことに、さっそく帝都に戻ってきたな。」
「ああ、ケルオン大陸はヤクトが多くてつまらん。我がラクシュミも翼を広げる場所がない。」
「聖地を抱えるケルオンをジャッジ・ベルガに任せろとでも言うのか?」
「ハッハ!ガサツな男には坊主と兎の相手は無理か。」
 ドレイスあげた笑い声には僅かに満足げな色が忍び込んでいる。
「私はもうしばらく帝都に留まって帰国されるラーサー殿下をお迎えするつもりだ。卿はその様子ではまたすぐに発つようだな。今度はどこだ?ナブラディアか?」
 ガブラスは答えなかったが、ドレイスは慣れた様子で受け流すと彼を回廊に面した一室へと導いた。
 二人はほんの下級兵の休憩室に過ぎないような飾り気のない部屋に入ると、ドレイスは副官に人払いを命じた。

 遠ざかる軍靴の音が小さくなると、ドレイスは己の兜を外して短く切った鉄色の髪を揺らした。ぐっとくだけた様子でガブラスの前に腰を下ろすと、さして厚くもない石の壁を通して聞こえるジャッジ・ベルガの演説に露骨に不快な表情を浮かべた。「・・・ベルガは血を流す口実が出来たことを喜んでいるだけだ。獣め。」
 そして未だ兜を外さぬガブラスに向かって言った。
「卿に席を温める暇も無いことは分かるが、ジャッジマスター統括は帝都の番人でもあることを忘れてくれるな。卿が西方を飛び回っている間に、あのような男に帝都でソリドールの守護者面をされると胸が悪くなる。」
「ずいぶんな言い様だな。」
「ジャッジは帝国の法の厳格な番人なのだぞ。あのような飢えた獣の群れではないわ。」
「だが、餌を与えるとよく働く。」
 ガブラスの言葉に、ドレイスの切れ長の目が氷のようにキラリと光った。
「9局のジャッジマスターらしい言い様だな。我らは卿が仕込んで与える餌を右から左に裁くだけ、というわけか?」
「不満か?」
「否定ぐらいしろ。」
 ドレイスは苦笑した。化粧気の無い白い頬に有るか無きかのえくぼが微かに影を作った。
 それだけが、ジャッジマスター・ドレイスが唯一見せる「女性」らしさだった。



 『    現に、西方に復帰されてからのヴェイン閣下のご活躍は目覚ましく、執政官就任当日に反乱軍を一網打尽にされた手腕は我が国に輝かしい名を残す歴代の名将にも勝る鮮やかさ。かくも優れた傑物が2年もの無聊を託っていたとは、甚大なる国家の損失と言わずに何と言おうか!』
 『諸君!今こそヴェイン閣下の輝かしい功績を不当に貶め、己の私腹を肥やすに汲汲としてきた獅子身中の虫を討伐し、厳正なる法の裁きを与えるのだ!』

 閉じた扉の向こうからは、相変わらずジャッジ・ベルガの一本調子な長広舌が響いている。ドレイスは耳障りそうにやや神経質そうな細い眉根を寄せた。
「まったく、ヴェイン閣下に心酔するなら少しは気を利かせてその名を控えたらどうなのだ。ああまで声高に2年前の遺恨をあげつらっては、今回の訴追がヴェイン閣下の私怨による計略だと誤解させるようなものではないか。あれではヴェイン閣下こそ迷惑するというものだ。」
「卿がヴェイン閣下の肩を持つとは意外だな。」
「元老院の老骨共に口を挟む隙を与えることが忌々しいのだ。」
 ドレイスは手甲の下の指をギリリと握りしめた。
「連中にとってソリドールと名が付く者は皆同じなのだ。心覚えの無い火の粉を払う苦労はヴェイン閣下お一人でなさるがいい。・・・どうせそれ以上の火遊びをなさっておいでだ。」
 そう言い捨てたドレイスが、はっと気付いたように兜の下のガブラスを凝視した。
     まさか、そのつもりでベルガに任せたわけではあるまいな?」
 兜の下のガブラスはすぐには答えず、代わりにゆっくりと己の兜を外した。
 もはや見慣れた顔ではあったが、ドレイスはその顔を見るたびに一瞬息を飲まずにはいられなかった。ジャッジマスターの兜の下から現れるのは、アルケイディア軍人の多くが「憎き敵将」として知っている顔なのだから。
 バッシュ・フォン・ローゼンバーグの双子の弟は、冷ややかな笑みを浮かべてドレイスを見た。
「・・・私がそんな偏狭な意趣返しをするとでも?」
 凍てついた氷の下で蠢く怒りの火を見てとって、一瞬たじろいだドレイスは、
「しても誰も責めはしまいよ!」
 苛立たしげに床を蹴って立ち上がった。
「2年もの間ジャッジマスターを謀るとは!卿だけではない、ナルビナの一件はジャッジ総てが舐められたも同然なのだぞ。」
 ドレイスの憤りは尤もなことだった。ダルマスカ戦役の幕引きで起きたダルマスカ国王の”暗殺”事件は、当事者たる公安9局以外には帝国西方を預かる一部のジャッジマスターのみに真相が伝えられていた。だが、その真相は「将軍の処刑」で終わるというものだった。
 しかし、真の真相はヴェイン・ソリドールによって当のジャッジマスター・ガブラスにすら伏せられ、帝国の番人たるジャッジは蚊帳の外に置かれ続けていたのだった。・・・西方総軍主力第8艦隊を預かるジャッジ・ギースを除いては。
「だがそれでオンドールの首を押さえる切り札を手に入れたのだ。総てを秤にかければ悪い話ではない。」
 あくまでも落ち着き払ったガブラスの言葉に、ドレイスは細い眉をつり上げて益々焦れた声をあげた。
「随分人の好いことだ!札を切る前に肝心の将軍に逃げられては何の意味も無いではないか。逃げ出されて初めて『実は生かしていた』などと伝えてくるギース卿もいい面の皮だ。」

 その時、部屋の外で一際大きな鬨の声が上がった。
 無数の軍靴が石畳を叩く音が地鳴りのように空気を揺らした。法を犯した逃亡者を狩り出す猟犬の群れが放たれたのだ。

 ジャッジマスター・ガブラスは、しばし無言でその喚声に耳を傾けていた。
 その表情は冷えた鋼のように微動だにしなかったが、目には暗い闇と赤い炎が共にあった。それはドレイスに漆黒と紅のジャッジの紋章を思わせた。
 そして、ガブラスはゆっくりと口を開いた。
    あの男に逃げ場はない。牢獄を抜けたところで罠は外れん。」
 心の内の業火を微塵も見せぬ冷えた鋼鉄の様なその声に、ドレイスは諦念混じりの息を吐いてうなずいた。どんなに憤っていても、ドレイスとてヴェイン・ソリドールの狙いを理解できぬわけではなかった。
「策を弄してオンドールを巻き込むことで、閣下は狩人を鹿に変えてみせたということか。」
 ドレイスの声は僅かに掠れた。
「野に出たところで自らの猟犬に追いたてられて噛み殺されるだけ。・・・まったく、ヴェイン閣下の考えることは恐ろしい。」
 ドレイスはそう呟いて、薄い唇を堅く結んだ。
 ジャッジ・ドレイスの言葉は正鵠を射ている、とガブラスは思う。ヴェイン・ソリドールはその腹の底を誰にも見せることがない。誰にも見せず、己一人で総てのシナリオを書いて実行してみせる。演じる役者は台本すら知らされず、演じていることすら気付かない。腹心気取りのジャッジ・ギースですら、どこまで理解して動いているのか怪しいものだ。
 今のところ、総ては彼の掌の上で筋書きどおりに動いているように見える。

 だが、野に出た鹿を八つ裂きにするのは反乱軍の犬如きであってはならない。決して     

「それだけに、閣下のやり方が気に入らんのだ!」
 ドレイスの声が一段と高まった。
「国益を盾に法を蔑ろにした行動を積み重ね、既成事実を作ってジャッジに事後承諾を迫るやり方は、2年前から少しも変わらん。今度も本国に諮ることなくギース卿の第8艦隊をビュエルバに動かした。このようなことがまかり通れば、我が国の法と秩序は崩壊してしまうぞ。」
「ルース魔石鉱の産出量が減っているのだ。魔石を産まぬビュエルバには何の価値も無いことを、腰の据わらぬオンドールに思い知らせる必要がある。」
 あくまでも冷静なガブラスの言葉に、ドレイスはニヤリと笑った。
「フン、やはり卿は承知の上か。・・・だがビュエルバに艦隊を動かすためにラーサー殿下をダシに使ったことは承服出来ん。オンドールの手綱を締め直すのに依存はないが、無用にビュエルバを刺激して万一の事かあったらラーサー殿下に傷がつく。ヴェイン閣下は既に次期皇帝に納まったつもりかもしれんが、後継者はヴェイン閣下お一人ではないのだ    

 その時、にわかに表が騒々しくなった。
 バラバラと乱れた足音が近づくなり、人払いしたはずの扉を強くノックする音が響いて、返事を待ちもせずやや乱暴に扉が開いた。
「人払いの所を失礼した。卿はなかなか捕まらんのでな。」
 甲冑の下から太い声が響いた。入ってきたのはザルガバース、公安10局のジャッジマスターだった。白銀に近い緩やかな曲線から成るその甲冑は着けた者をやや華奢な印象に見せるが、当の本人はジャッジマスターの中でも特に謹厳実直を絵に描いたような巌のごとき堅物で知られた男だった。
 ザルガバースはジャッジマスターの大マントを翻して狼狽したまま扉の側にいた士官達を払うと、素早く扉を閉めた。そして兜も取らずに立ったまま用件だけを簡潔に言った。
「ジャッジ・ガブラス、アルケイディスを発つ前に少し時間を作ってもらいたい。報告があるのだ。すぐに済む。」
「分かった。」
 ガブラスの返事に頷く間もなく、
「ジャッジ・ドレイス。」
 ザルガバースは傍らの女ジャッジマスターに鋭いとも言える声をかけた。どうやら強引に入って来た目的はこちらの方だったらしい。
「・・・言葉を慎め。表まで声が聞こえているぞ。」
 彼の言葉にはいつも年上の者が年少者に言い聞かせるような説教じみたところがあった。
「我々は皇帝陛下の下でこの国の秩序を管理するのが務め。後継について云々するのはジャッジの本分ではない。弁えろ。」



「フン、退屈な男だ。」
 ドレイスはザルガバースが去ったドアに向かって吐き捨てた。
「己の頭で考えずに上の意向に闇雲に従うのみなら、ジャッジではなく一兵卒であればよかったのだ。いや、カラクリ仕掛けの人形で充分だ。」
 相変わらず毒を吐くドレイスに苦笑を返してガブラスは立ち上がった。そして再びその素顔を兜の下に戻そうとした時、

    私は卿のことを言っているのだぞ、ジャッジ・ガブラス。」

 ドレイスの言葉に、ガブラスの手が止まった。
 ジャッジ・ドレイスは白刃のような鋭い目をジャッジマスター統括に注いでいた。
「公安9局の活動は、我らジャッジマスターにすら総ては証せぬ事は理解している。それが時に国法に反することであることも承知のうえだ。国家の安寧のためには、目先の法よりジャッジ自身が己に課す法に基づいて事を裁かねばならぬ事もある。だがそれが     
 ドレイスは挑むようにじりっと一歩前に踏み出した。女性とはいえ、すらりとした長身がガブラスの正面に立ち塞がった。
     ヴェイン閣下個人のためであるなら、このドレイス、ジャッジとして見逃すことは出来ん。」
 ドレイスの色の薄い瞳が刃の様に光った。
「・・・ジャッジはソリドールの飼い犬ではないぞ。」
「私がそう見えるか?」
「ならばなぜヴェイン閣下のやりようをただ傍観して黙認する?なぜ卿は己の顔に泥を塗られながら、そうも冷静でいられる?!」
 ドレイスの押し殺した声が苛立ちに掠れてきしんだ。

 ガブラスは言った。
「それは、私がこの国のジャッジだからだ。」
 再び黒金の兜に素顔を隠し、振り返った背に翻る大マントに紅の天秤の紋章が揺れた。

「裁くのは私だ。侮るな、ドレイス。」
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