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Chap.3-15 Kerberos,The Imperial Frigate -ケルベロス- [Chapter3 地の底で見たもの]

 パンデモニウムが着艦したのは、砂の舞う飛空艇ポートではなく、砂漠の上空を航行する1隻の飛空艦艇のハンガーだった。 無言で腰縄を引くジャッジに促され、彼女がその護送船らしからぬ黒いランチから降りると、足下は僅かに揺れ、手鎖の鳴る音をかき消すほどに四方八方からグロセアエンジンの低い唸りが響いてきた。
 ここまで常に無言だった二人のジャッジは、やはり無言のまま狭いハンガーの隅へと彼女を引き立てた。彼女は顎を上げて引く者に先立つようにして歩を進めた。
 そこには、もう一人のジャッジが影のように立っていた。そのジャッジもやはり無言のまま、まるで人形のようにクルリと振り返ると、背後の配電盤のような目立たない扉を開いた。
 二人のジャッジに押し込められるようにして中へと入ると、艦艇というより潜水艦の中のような、明らかに通常は使用されていない狭い通路が伸びていた。前から引き摺られ、後ろから突き飛ばされるようにしながら歩を進めると、ほどなく正面に酷く狭いリフトが口を開けた。
 ジャッジ達の甲冑が彼女の肩に冷たく触れるほど狭いリフトが上昇し、扉が開いた。
 すると彼女の目の前に、窓のない広い室内が忽然と現れた。

 そこは、犯罪者を収監する監獄でもなければ、ジャッジが裁きを下すスターチェンバーでもなかった。
 明るい照明の下、その部屋には艦橋にも劣らぬあらゆるコンソールと幾つものスクリーンが並んでいる。その奥には深い飴色の革と木の香りのするどっしりとした大きなデスクが置かれ、同じく重厚な椅子が幾つも並んでいる。いかにも、甲冑にマントを付けた幹部将校達が腰を降ろす様が見えるようだ。
 おそらくここは、この艦のキャプテンルームなのだろう。
 完全防音になっているのか、ここではエンジン音すら聞こえない。息苦しいほどの静寂に満たされたその部屋は、ジャッジの甲冑と似て、無機質で冷たく、表情が無かった。
 主の姿のない、その部屋で、二人のジャッジは何かを待っているかように、ただ無言で突っ立っていた。
 その二人の手に手鎖と腰縄で獣のように繋がれた彼女もまた、無言でいるしかなかった。
 正面の大きなスクリーンには、船腹からの映像だろうか、ダルマスカの青い空が映っている。その鮮やかに澄んだ青は、無機質な室内とは余りにも対照的で、目の前の二つの世界が同じ場所にあるとは思えないほどだ。
 艦の移動に合わせてその映像もゆっくりと動いていく。画面を埋める青空の片隅、僅かに映る黒鉄色の装甲の下に、緑を散らした山塊の連なりが現れた。西に傾いた陽を浴びた稜線は金色に輝き、東の尾根は既に薄紫の影に染まっている。モスフォーラ山地だ。
 その山並みを足下に飲み込むようにして、その黒灰色の飛空艇は陽を背にして進んでいた。
 その目に映る景色の意味を知った時、彼女は思わず息を飲んだ。
「・・・どういうことだ?」
 彼女は両脇に立つジャッジを見上げた。
「ナルビナ城塞に向かうのではなかったのか?!」
 この艦は、東ダルマスカ砂漠の北東に位置するナルビナ城塞を既に越え、更に北に広がるモスフォーラ山地を東へ越えようとしているのだ。
「答えろ!」
 だが、傍らに立つジャッジは木偶人形のように一言も答えない。代わりに、背後から癇の強い男の声が響いた。
     あの忌まわしき場所は、目にするのも嫌かと思ったが。」



「・・・それとも、コソ泥風情と一緒に砂の穴蔵に放り込まれるのがお望みだったかな。」
「ヴェイン・ソリドール!!」
 憎悪の悲鳴を上げて駆け寄ろうとする彼女を、ジャッジの手がギリリと抑え付ける。
「はなせっ!」
 捕らわれた白い鳥のように黒い甲冑の間でもがく彼女の前を、黒い鱗札の軍装に身を固めた執政官は悠然と通り過ぎた。そして、部屋の中央のキャプテンシートではなく、傍らの椅子の一つに無造作に腰を降ろすと、彼女を抑えるジャッジに向かって白い手袋の手を軽く上げた。
 頷いたジャッジは、彼女の手の拘束具と腰の縄を外した。
「?!」
 抑える手すら離したジャッジに虚を突かれて、アマリアはただその場に立ち尽くした。
 当惑を隠せない彼女を、ヴェインは僅かな微笑を浮かべて見ている。
     アマリア、だったな?」
 その問いに、アマリアは青ざめた唇を噛んで顔を逸らした。
 だが、震える細い肩にじっと注がれる視線を感じると、アマリアはきっと顔を上げて真っ直ぐに執政官の顔を見据えた。
「他の同志達はどこだ?」
 アマリアは言った。怒りと屈辱を飲み込んだその声は、僅かに震えていた。
「他にも捕虜になった者がいるはずだ。どこだ?」
 ヴェインは微笑を浮かべたまま、答えない。白い手袋の指が長い黒髪をゆっくりと掻き上げる。
「どこにいる?!」
 アマリアの声に、傍らのジャッジが鋼のように冷たい声で答えた。
「彼らは既に法の下に正当な裁きを受けた。」
「・・・なんだと?」
 ヴェインがゆっくりと答えた。
「残念ながら、収監するに値した者はいなかったようだ。・・・誰一人。」
 アマリアの瞳が大きく見開かれた。
 色を無くした唇がゆっくりと開いた。
 細い指が、震えながら自らの喉を探った。
 その瞬間、その場の者は皆、絹を裂く彼女の悲鳴を聞いた気がした。
 だが、彼女の喉は、何も発しはしなかった。
 数瞬間、ただ凍り付いた沈黙だけが、その場を覆った。
「・・・法だと?・・・正当な裁きだと?・・・」
 呻くような声がアマリアの唇から漏れた。
     ならば私も裁くがいい!」
 アマリアは帝国の執政官に向かって駆け寄った。息がかかる程の目の前で、彼女は血を吐かんばかりに叫んだ。
「不当に奪われた自由のために戦う者を裁く法があるというなら、ダルマスカの民の前でこの私も裁くがいい!貪欲な侵略者が振るうを許される法が有るというのなら、民の前で私を血祭りにあげるがいい!」
 アマリアは目の前の男の白い手袋の手を睨み付けて、拳で自分の胸を叩いた。
「今更その血にまみれた手を隠すことはない!     さあ!」

 だが、その声に返事はなかった。
 ヴェイン・ソリドールは、表情一つ変えずにアマリアの目をを見返した。
 二人のジャッジも、ただ中身のない甲冑のように両側からアマリアを無言で見据えている。
 ただヴェインの浮かべる皮肉めいた微笑だけが、その叫びへの答えだった。
 その沈黙という冷笑に晒されて、紅潮したアマリアの頬が屈辱に青ざめ、どす黒く変わった。
     っ!」
 恥辱に耐えきれずに掴みかかった彼女の手を、ヴェインの白い手袋の手が止めた。
 幾つもの刀傷の見える華奢なその手に目をやって、ヴェインは静かに言った。「あいにく     

「我が国の法は”死者”を裁くことはできないのだよ。」


 彼女の手から力が抜けた。
 ヴェインが手を離すと、その腕は重力のままダラリと落ちた。
「・・・アマリア。」
 ヴェイン・ソリドールは言った。
「敗戦を恨むのは構わんが、忘れて貰っては困る。我が国に宣戦を布告したのはダルマスカ王国ではないか。」「それは!」
 アマリアは血の気を無くした唇を噛んだ。
「ナブラディアは覇王レイスウォールに祖を辿る兄弟国、そして     」「そう、そのナブラディアこそが、」
 アマリアの言葉を鋭く遮って、ヴェインは言葉を挟んだ。
「・・・ロザリア帝国を担ぎ出し、我が国の喉元で剣を抜いたのだ。」
 声を飲んだアマリアに、ヴェインは皮肉な笑みを返した。
「それとも、愚かなナブラディアがロザリアに踊らされて、と言えばお気に召すかな?」
 もはやヴェインは屈辱に歯噛みする彼女の前で、嬲る笑みを抑えようとはしなかった。
「絶えず下らぬ内紛に血道をあげた挙げ句、己の撒いた火の粉で身を滅ぼす。・・・ダルマスカも出来の悪い弟を持ったのものだ。」
「黙れ!ナブラディアを侮辱するのは、ダルマスカを侮辱するも同じ事!」
「堅苦しい偽善などその唇に登らせる必要はない。砂に埋まった父祖の兄弟愛に殉じて何の意味があった?内乱に巻き込まれたあげくの亡国でしかない。愚かなことだ。」
 ヴェインはその手に世界を抱くかのように、両手を広げた。
「小賢しい権力闘争に明け暮れる小人共を廃し、我が帝国の法の下、イヴァリース全土に秩序と安寧をもたらす。・・・かつてイヴァリースを統一した覇王レイスウォールの偉業と何が違うのかな?」
「我らが祖を愚弄するのか?」
 アマリアは叫んだ。
「ダルマスカを蹂躙し、ナブラディアを破壊し尽くして無辜の民諸共ミストの海に沈めたことの、どこが覇王の偉業と言うのか?!」
 アマリアのその声に、ヴェインは一瞬言葉を飲んだようだった。
 そして、
「ハ・・・ハッハッハ・・・」
 ヴェイン・ソリドールは、あろうことか声を上げて笑い出した。
「ハッハッハッハ!・・・」
「何が可笑しい?!」
「これは失礼した。」
 ヴェインは突然湧いた哄笑を噛み殺した。だが、唇にずっと張り付いている冷笑は消さぬまま、屈辱に震えるアマリアに言った。
「これではどうやら、ダルマスカの民は、我が帝国の心肝を真に寒からしめたのが己自身だとは露とも思っていないようだ。」
「何だと?」
「覇王の末裔同士の婚礼に、国民は無邪気に喜びの花を撒く。精悍な王子に愛らしい王女、実に平和な光景だ。」
 ヴェインの声は、また元の揶揄するような、それでいて冷たい鋭さを取り戻していた。
「あれは誰の入れ知恵だったのかな。     オンドールか?」
「何を言っている・・・」
「心から平和を願われるラミナス陛下が、自ら望んで御息女を詮無き野心の道具にはなさるまい?」
「黙れ!」
 アマリアの声は憎しみと当惑で掠れた。
「どこまで侮辱するか?!私とラ     
「反乱軍兵士・アマリア!」
 突然疳高い声を上げたヴェインに、アマリアは声を飲んだ。
「・・・浅慮は慎むことだ。」
 帝国の執政官は再び声を落として言った。
「今のお前の足下を眺めてみるがいい。過日の反乱も一夜の花火同様空しく散った今、その手に何が残ったのか、よく見るがいい。・・・そして、今の己が何者であるか、ゆっくりと考えるのだな。」
 ヴェインは二人のジャッジに目を遣って僅かに頷いた。ジャッジ達は敬礼を返すと、立ち尽くすアマリアの腕を取った。


 



 二人のジャッジに伴われて華奢な軽い足音が扉の向うへ消えたのと入れ違いに、重々しい軍靴が鋭く床を鳴らして近づいてきた。冷静な風を装ってはいるが、足音は正直だ。
 ヴェインは入ってきた男に向かって人を食った笑みを向けた。「・・・聞いたか?」
「砂漠の野薔薇は随分と棘が鋭い。」
 その声には言葉を返さず、ジャッジマスター・ガブラスはヴェイン・ソリドールの前に立った。
 ヴェインは深々と椅子に腰を降ろしたまま、この飛空艇の艦長でありジャッジマスター統括であるジャッジ・ガブラスの雄牛のような甲冑を見上げた。
「囚人一人の移送をジャッジマスターに依頼するのは心苦しいが、執政官としては本国の承認もなく任地を離れる訳にもいかないのでな。・・・なにぶん滅多な者には託せぬ花だ。」
「閣下。」
 兜の下のその硬い声には、ヴェインの戯れた物言いに付き合おうという気など微塵も感じられなかった。
 その意を察して、ヴェインは言った。
「・・・独居房の男か?逃亡したそうだな。」
 ガブラスは次の言葉を一瞬迷ったようだった。
 だが、言葉を待つヴェインの目を見ると、語気も鋭く詰め寄った。
「なぜ奴を生かして     
「卿が察せぬわけでもあるまい?」
 ヴェインは詮無いように両手を軽く手を挙げた。
「オンドールは、空に浮かぶプルヴァマよろしく風を読むに長けた捕らえどころの無い男だ。抱き込んだまでは良しとしても、軛をつけるには芸がいる。」
「だが何故それをこのジャッジにも伏せられた?!」
「万が一にも事が元老院に漏れるのを恐れたに過ぎん。本国への報告を偽る事は国法を犯すことなのだ。ジャッジの目と耳を恐れたくもなろう?」
「ジャッジが事の皮相のみを以て是非を断ずることはありえません。総ては     
     帝国と我がソリドール家のため。」
 ヴェインは言った。
「ならば!」
 黒い革手袋が拳と共にギリリと鳴った。
「・・・誰への軛のおつもりか?」
 兜の下でガブラスは低く唸った。
「他意はない。しかし     
 ヴェインは苦笑した。
「その様子では、卿に伏せた事は誤りではなかったとも思えるがな?」
「くっ!」
 言葉を失うガブラスに、
「そう拘泥してくれるな。卿らしくもない。」
 ヴェインはそう言ってゆっくりと椅子から立ち上がった。
「だが、信義を損ねたと感じさせたのならば、率直に詫びよう。」
 皇帝の嫡男は、白い手袋の手をジャッジマスターに向かって差し出した。
「先の戦役は、下組みから幕引きまで総て卿と公安9局の多大な働きがあってこそ。それはこのヴェインが誰より心魂に徹している。」
 ヴェインの唇から冷笑が消えた。
     卿を信頼している。」
 その言葉に、ガブラスは差し出された手を取らなかった。
 代わりに、両の拳を自らの胸の前で組んで敬礼を返した。


「ところで     
 ヴェインはメインスクリーンに映るモスフォーラ山地の鳥瞰に目を遣りながら言った。
「将軍と共に逃亡したのは、彼女と共に私が捕縛した盗賊連中だと聞いたが?」
「はい。賞金稼ぎ共が血眼になって追っております。」
「ふん・・・」
 ヴェインは何か思うところでもあるように、しばし無言でいたが、やがて小さく頷くと、誰に言うでもなく呟いた。
「・・・良い犬は必ず主の元に戻ってくるものだ。忘れず獲物をくわえてな。」
 ガブラスがその言葉の意味を問う前に、ヴェインはそっけなく話を切り上げるように振り返った。
「丁度良い。盗賊のことは賞金稼ぎ共に任せておけ。ジャッジが乗り出すまでもない。」
「はい。」
 ガブラスが頷いた顔を上げると、ヴェインは再び顔をスクリーンに向けて、何か考えているようだった。
 だがそれが何であるのか、ヴェイン・ソリドールの浅黒い横顔は、帝国の番人にすら読み取らせようとはしなかった。


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